わかることは少なく、わからないことが圧倒的に多い。

【日記】

休日は出かけない主義のわたしですが、今日は珍しく出かけました。友人と予定が合って、ランチすることになったのです。

一緒に楽しく食事をして、コーヒーを飲んでいるときに相談されました。

iPhoneの設定に関する相談です。彼女が望む設定になんとか変更しましたが、詳しく説明しながらそのときに思ったこと。

わからないと言っている人に、わかりやすく説明するの、難しいなあ。

なぜなら、「みどり(仮名)ちゃんの言ってること、よく、わからないわ〜」と言われてしまったからです。ええ、へにょんと肩が落ちてしまいました。みどり(仮名)ちゃんは地頭がいいのよ! と他の友達が言ってくれましたが、複雑な気持ちになるフォローです。そう言ってくれた優しさには感謝ですが。

地頭がいい人ってのは、説明をもっと上手に、わからない人でも理解できるように、説明できる人なんじゃないだろうか。

友達と別れて帰宅しながら、なんとなく考え込んでしまいました。わかりやすく説明することは難しい。だから教師ってすごい職業だなあ、と感じました。ううん、今の時代、人に説明する職業は教師に限りませんね。わからないと言っている人に、わかりやすく説明できるスキルって貴重だと感じます。だからそういうものを持っている人に対して、尊敬の念を抱いたり。

ーーーー正直なところを言うと、わかる、と断言できるものは、この世の中にどれだけあるのだろう、と感じています。

友達へのつたない説明から、どうして、そういう流れに思考が流れたのか、と申しますと、数日前に決着がついた選挙が関連しているかもしれません。

色々な意見が溢れていました。わたしはネット上に溢れる多くの意見に圧倒されるばかりでした。それでもわたしなりに考えて投票したのですけれど、いい結果に結びついたのか悪い結果に結びついたのか。わかりません。

また、選挙に限りませんが、特定のかたを非難する人、擁護する人にはそれぞれ明確な根拠があるのでしょう。でもわたしには、そもそもその根拠が信頼できるものだと、本当にわかっているのかな、という疑問がありました。

こういう時に思い出すのは、大学時代、音楽の先生に話していただいた過去。

当時、弁護士として活躍されていた先生は、とある女性の担当をして離婚裁判をされたそうです。その家庭には、家庭内暴力の証拠があり、女性が望む通りに離婚させることができたそうですが、決着がついたあと、相手の弁護士から渡された書類によると、担当した女性が不倫をしていた、という事実が明らかになったとか。信頼していた顧客の隠されていた一面に、限界を感じた先生は、それまでとは違う、美しい音楽の道へと足を踏み出したのだそうです。

まあ、今となっては、相手の弁護士さんはその書類をなぜ裁判に持ち出さなかったのか、という疑問も出てきますけれど、その事情も含めて、印象強く記憶に残っているエピソードなんです。それを大学一年の、多感な時期によくぞ先生、話してくださったなあ、という感謝もまた、思い出します。

だから、人間には他人からは目の届かない一面がある、という事実を、わたしは強烈に意識してしまいます。同時に、本人は知られてない、隠し通せた、と思っていても、思った以上に、他人は知っている、という事実も。

善良な人だと評価される人が、悪意もなく噂を広げる現場も見てきました。癖のある人だと評価されている人が、組織内の協調を考え苦痛を我慢しているところも見てきました。人は表に出ている一面だけでは評価できない。音楽の先生が話してくれた事実を証明するような出来事をたくさん目にしてきました。

わたしはどのくらい、人をわかっているんだろう。そう感じます。

せめて、自分の気持ちや本性くらいはわかっていたいんですけれどね。持病である統合失調症は、過去、精神分裂病と言われていた病です。だから、わたしには、自身が眠っている間に、もうひとつの人格が起きて勝手に行動していた、という過去があるんです。

ある日起きたら、なぜか病院にいて、おまけに覚えている日付から二週間も経過していて、びっくりしたんだけど、もっと驚いた事実は、その間、わたしはちゃんと病院で生活していたという事実。

要するに、わたしではない人格がわたしとして振る舞っていたわけです。

その人格の言動を看護婦さん達に教えてもらったとき、わたしは地の底よりも深く落ち込みました。なんじゃあ、それ。そんな言動がわたしの本性なのか、と思ってしまいましたが、それは看護婦さん達が否定してくれました。看護婦さん達の優しさ、プライスレス。でももうひとつの人格による言動で迷惑を被った人は、わたしを許せないだろうなとも考えました。病気だから仕方ない、と考えられる人は少ないだろうと認識していたからです。

そんなわけですから、わたしは、もっとも理解しやすい自分自身も、わからないのでした。もうひとつの人格は、はたしてわたしなのか? 小説や漫画では美しく統合されることが多いですが、現実の、わたしの人生では統合される時はくるんでしょうかねえ。モブの人生なんて、決着がつかないまま終わることが多いものですし、そんなものかもしれないなあ、と感じることが多いです。

こればかりは、誰にもわかりません。

 

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